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雑記:最近感じたダークネスについて/自分の人生においてなるべく避けたいこと


表現者と鑑賞者のリテラシー?表現の自由に自分の理想を押し付けること

Youtubeっ子なのでまたそっち界隈の話になってしまいますが、

「Old Skool」じゃないと、、それ〇〇のパクリじゃ、、もっとオリジナルなものじゃないと、、いやもっと「新しい」ものがいい、、もっとこうした方がいい、、

というコメントをよくYoutubeで見かけます。音楽動画特有のbullshitかもしれない。他人の自由な創造物によくそんなコメントができるなと思ってしまいました。

会ったこともない動画の中の人間に頼るのではなくて自分で理想のものを作ればいいのではないかと思ってしまうのですが、そういうことではないのでしょうか。

例えば「これは他人をこういう風に傷つけていて不快なので取り下げてほしい」とかなら理解できるのですが、このような類のコメントに対しての理解はまだできません。

その動画や音楽は誰かを傷つけているようには見えないし、本人たちが好きでやっていることだと思いました。表現者のリテラシーばかり重視されるかもしれませんが、それなら受け取る側のリテラシーも同等に必要となるはずです。

成果物に文句をつけるのは誰にとっても簡単ですが、その成果物を仕上げるためにどれほどの時間と情熱と体力が使われたのか、背景や細やかな状況とかその人の置かれている環境とかそれに至った経緯やその表現が「自分のため」であってNone of your businessな理由などは考慮されにくいのでしょうか。

表現の自由は他人の表現を真に受けないことによっても守られている場合もあるかもしれません。その表現によって一体誰が「実際に」傷つき迷惑を被ったのかもう一度考えるべきであるとも思いました。問題がないのであれば問題視する必要はないはずです。

それを元に「リアルな」喧嘩や傷つけあいが勃発するのであれば非常に効率が悪く消耗だけが続く絶望的な状況だと思いました。

今回取り上げたのはYoutubeのコメント欄についてではありますが、それはリアルライフの縮図でもあると思います。

有用なエクスペリエンスや知識のシェアではなくエゴイスティックなアドバイスで足を引っ張ること

他人の足を引っ張ることが生きがいというようなトキシックな界隈は国内外どこにでも絶対存在するし、リアルライフで遭遇してしまった時はクソめんどくさいなと思いました。

他人を干渉する文化や封建的村社会は世界のどこにでもあったりしますが、できるだけ避けていきたいです。

自分と同化させようとしたり、同じような道を歩かせて同じような経験をさせて同じような意見を持たせようとするのはとても恐ろしいことだと思いました。その対象者は家族でもあり、知らない人にまでも及ぶこともあります。

「〇〇のために、、〇〇の為を思って、、」

いらないお節介とは生ぬるい表現で、これはただ単に迷惑行為だと思ってしまいました。

「こうした方がいい」というのは採用されるのか分からないものです。というのは実行者は他にも選択肢を持っており、何にせよ「本人にとって」ベターな選択をするからです。

ほとんどの人間がお節介や「アドバイス」という自己中心的でトキシックなもの抜きで、自分で知恵を使いながら/吸収しながら選択及びそれに付随する失敗をしながら生きていけるはずです。

コミュニティーとピースと秩序って

コミュニティーって自然に生まれると思いますし、自然体でいいと思います。しかし流動的に変化せずに時間が経ってしまった場合には危うさが出てくることもあると思います。

秩序も腐ってきます。合うもの合わないものが出てきますがなんとか引っ張りあって押し込めようとする場合もあります。その割に自分の内輪以外の管轄のことにはとても無関心で排他的です。暗黙・明快含めルールが作られてややこしくなってきます。

シンガポールビエンナーレ2013でチームラボが発表した「秩序がなくともピースは成り立つ」という作品がありますが、なるほどなと思い、少し考えさせられました。

私はコミュニティーが苦手で、自分の性質的にどこにも属すことができません。それは昔からで、どう頑張ったとしても不可能です。私にとって不自然で違和感のある場所が多いからです。

アメーバのように変化を好むコミュニティーであればとても居心地がいいですし、そうでなければ流動的に集まり解散するアノニマスのような組織形態が理想だなと思います。

その時のための的確なリーダーが自然と生まれ、目的を果たせば自然に解散するのはおもしろいなと思います。

例えば家族とか、とても難しいです。崩壊していなければとても安全な場所かもしれませんが、崩壊している場合には危険な場所でしかありませんし、属したくありません。血が繋がっているという理由だけで全く別人格の人間と一緒にいないといけなると仕組みの歪みが出まくります。

いろいろと思うことはありますし、明日にでも意見は変化すると思いますが、今日はこんな具合でした。壊れない程度にうまいこと生きて生きたいなと思います。

 

今回少しうなだれていたので自分の中にあったもやもやを書き出してみました。

やっぱり自分のことで精一杯なので他人のネガティヴィティーを介護したり消耗している暇が1秒もないなと思いました。

 

チャーリー。

アメリカのドラマでIt’s Always Sunny in Philadelphiaっていうのがありますが私は好きでよく観ています。こんなにアホな家族を私は見たことがありません。

 

それではまた次回のブログポストで。

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