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そろそろ留学年数で人間の国際度や言語力を測るの辞めませんか


昨日、ちょっとすり減ってました。

原因って、無駄なアナライズにあるんですけど。

たくさんあるけど、その中の一つに国際度や言語力をTOEICとか留学年数で測ることを例として挙げたい。

 

 

インターネットがある時代なのに、何年留学してたの?とか聞いて本当にどうするんだろう。正直その人がどこで何してたかとかもはやどうでもいい。

インターネットがあるから、日本にいたって家族のように海外と繋がれるのを実感しているから、もはやどこで何するかが本当にどうでもいい。

 

 

言語ができるかできないかも、本当にどうでもいい。

私は、言語が不十分でも素敵な人と何人もコミュニケーションして幸せだった経験があるから、言語ができて不快なコミュニケーションしかできない人とは一緒にいたくないと思う。

私は間違った日本語も大好き。難しい日本語を使って伝わらないよりもくしゃくしゃでいいから誰にでも伝わる方が好き。差別の構造が崩れた時、やっとこういう言語エラーに寛容になれるんだろうな。

 

ジャカルタ出身のラッパーリッチ・チガだって留学経験や海外滞在経験は爆発的人気が出るまで無かったはず。私はインターネットや友人間だけで英語ペラペラになってる人をたくさん知っているから、本当に留学年数聞くことがナンセンスで仕方ない。

 

日本国内の言語理解者にはいろんなタイプがいる。読むのが圧倒的に得意な人は何時間でも英語の論文を読み漁れたりする。しゃべるのが得意な人はネイティヴのように話す。喋れないけど聞き取りは圧倒的に強くてyoutubeなどで仕入れた情報を日本語で言語化できたりする。

仕事で何年英語を使っているのかとかも知らないし、国際化の進む日本でどんな人に囲まれてどんな言語で生活しているのかも知らないのに無駄にアナライイズしているのを見ると私の口は空いたままふさがらない。

予想するのならいいけど、断定して話を進める人が理解できない。ズレると会話自体めちゃくちゃ効率悪くてダルい。だって全部ズレちゃってるんだもん。だからこれ以上コミュニケーション無理して取りたくない。

 

 

国際度だってそう。私の親友は数年前まで海外に出たことなかったけど、彼女の国際意識や教養は私の周りの誰よりも高かった。海外で出会った友人より遥かに国際リテラシーが高かった。

だから、国から出てない=国際的教養がないとは言えないから、私は無駄にそうやって人をアナライズすることができない。

 

 

私はTOEICとかを受けなきゃいけないと全く思わない。昔申し込んだことがあるけれど、強い違和感を感じてあえてお金だけ払って受けに行かなかった。

受けない権利もあると思う。知らない、一定の機関に認められるためにお金と時間を割くのが理解できなかったので、受けに行くのは心地が悪いと思いました。

 

 

 

明らかに想像力がない人っている。想像力がない人がアート作ってたりもする。世の中不思議なことだらけだ。

 

 

自分を含めて矛盾だらけのリアルネスだ。

 

 

 

 

それではまた次回のブログポストで。

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